
用語集
「さくらん」作品中に出てくる言葉の説明です。
複数の意味をもつ言葉や、本来の意味とは違う隠語として使われている言葉もありますが、ここでは作中で用いられている意味の説明として掲載しています。
- あさぎうら 【浅黄裏】
- 田舎武士をあざけっていった語。その羽織の裏の多くが浅葱木綿だったことから、 野暮な田舎侍を指す。浅葱裏が転じて浅黄裏と書かれたので、その色は浅い黄色ではなく青緑(浅葱色)である。
浅葱色
- あねじょろう 【姉女郎】
- 先輩格の女郎のこと。
- うけだし 【請け出し】
- 年季を定めて身を売った芸妓・娼妓などの身代金を払って、その商売から身をひかせること。
- おいらん 【花魁】
- もともとは姉女郎のことを指したが、しだいに上位の遊女の意味となっていった。禿が「おいらんちの姉さん」と呼んでいたのが訛っておいらんと呼ばれるようになった。
- おきつねまい 【お狐舞い】
- 吉原では大晦日の日に狐の面をかぶり、太鼓をたたき「ご祈祷、ご祈祷」と呼びながら舞い歩いた。遊女がこの狐に抱きつかれると翌年妊娠するという迷信があり、遊女たちは狐から逃げ回った。
- おくにもの 【お国者】
- 田舎者。
- おしょく 【お職】
- その遊女屋で最高位の女郎のこと。
- おぼこ
- 処女。
- おゆや 【お湯屋】
- 銭湯。
- かぶろ(かむろ) 【禿】
- 花魁に付いて身辺の雑用をしながら遊女になるため修行をしている少女。禿の衣服や櫛道具などは、小袖一枚が主人から与えられる以外は全て姉女郎が負担する。
- くるわ 【廓】
- 遊廓のこと。
- けいせい 【傾城】
- 遊女、女郎のこと。特に太夫を指す場合もある。
- ごようしょうにん 【御用商人】
- 幕府・諸藩に出入りを許され、商品を納め、また金銭の調達などを周旋した特権的な商人。御用達。
- さくらん
- この作品のタイトルである「さくらん」とは、花魁、桜、錯乱などの言葉を掛け合わせた造語のようです。
- ざしきもち 【座敷持ち】
- 遊女の格付けの一つ。自分の部屋を持ち、そこに寝起きして客も迎える遊女を「部屋持ち」といい、さらに客を迎える座敷も持つ遊女が「座敷持ち」である。
- しゃば 【娑婆】
- 自由を束縛されている遊廓に対して、その外の自由な世界。俗世間。
- しょかい 【初会】
- 客が初めてその遊女と同席すること。初会では遊女とは盃の儀式だけが行われ、言葉さえも交わさずに終わる。
- しんぞう 【新造】
- 禿が成長して十三、四歳になると呼ばれる名。
- ぜげん 【女衒】
- 女を遊廓に売ることを業とした人。
- そうじまい 【惣仕舞】
- その店の遊女や芸者を全部一座に呼んで遊興すること。総あげ。
- たゆう 【太夫】
- 花魁の最高位の格。もともとは京都島原で芸妓の最高位のことを指したが、のちにその言葉が吉原にも伝わり、花魁の最高位をあらわす意味へと変わっていった。
- ちゅうさん 【昼三】
- 宝暦年中(1751年~1763年)に太夫という格付けが消滅したあとに使われるようになった、呼出に次ぐ遊女の最高位の格。
- ちょうず 【手水】
- トイレ。本来の意味は神社の参拝や茶道の作法として、水で手や口を清めること。
- てんじん 【天神】
- 京都の遊廓・島原で使われた遊女の等級で、最上格の太夫に次ぐ高い等級。揚げ銭が二十五匁で、天神様の縁日が二十五日である事と掛けて天神と呼ばれた。
- ひっこみかぶろ 【引込禿】
- 吉原の遊郭で、十四、五歳になった禿を、内所(主人の部屋)へ引っ込ませて使い、新造または部屋持以上の女郎になる準備をさせるもの。
- ひるみせ 【昼見世】
- 遊女が昼間見世を張ること。
- みあがり 【身揚がり】
- 遊女が自分で揚代を負担して休むこと。また、遊女が情人などを客とし、費用を自分で負担すること。
- みずあげ 【水揚げ】
- 芸者や遊女が初めて客に接すること。
- みせ 【見世】
- 妓楼で、道路に面して格子構えなどにし、遊女がいて遊客を誘う座敷。また、そこに遊女が居並んで客を待つこと。
- みせばん 【見世番】
- 遊女屋の使用人のなかで、見世の番をする者。道中の時に花魁に傘をさしかけたり、箱提灯を持つ役目も果たす。
- みつぶとん 【三ツ布団】
- 絹布で作られた三つ重ねの敷布団。江戸時代の遊郭で、高級の遊女のぜいたくな夜具にいう。江戸吉原では客が贈るものとなっていて、紋日などに積夜着・飾夜具などといって、飾って見せた。
- みょうだい 【名代】
- 人の代りに立つこと。代理。
- むしん 【無心】
- 金銭をねだること。
- よしわら 【吉原】
- 江戸の遊廓。京都の島原、大坂の新町とともに三大遊廓と呼ばれた。
それまで市中に点在していた遊女屋の有志が幕府に嘆願した結果、元和三年(1617年)に現在の日本橋付近に傾城町の設置が認められ、吉原が誕生した。
幕府の命令によって明暦三年(1657年)に浅草千束に移転してからを「新吉原」と呼び、それまでの吉原は「元吉原」と呼ばれた。
昭和三十二年(1957年)に売春防止法が施行されるまで遊廓の営業は続いた。 - よしわらたいぜん 【吉原大全】
- 明和五年(1768年)に刊行された全五巻の書物。吉原で粋に遊ぶ術や吉原の流儀、風習などが記されている。著者である酔郷散人(すいごうさんじん)とは、江戸時代の書家であり漢学者でもある沢田東江が使ったペンネーム。
- よみせ 【夜見世】
- 遊郭で夜間見世を張ること。

